「トライアスロンをやってみないか?」
中学校時代の同級生、ラン友のユキが俺に話しかけてきた。
フルマラソンで、死ぬ思いをしてそのうえに自転車に乗ったり、泳いだるする・・・・・。
「無理・無理・・・絶対無理・・・泳げないし!!」
そう即答したけど・・・。
やってみたい気持ちは少し有った。
1993年の春、小笠・掛川フルマラソンを走ろうと、掛川に行ったときに、ユキから月刊トライアスロンをもらった。
勤めている会社も暇になってきて、定時退勤になってきた。
湯谷温泉に温水プールができる。なんかトライアスロンをやる、環境が整ってくるではないか。
会社を休んで、その湯谷温泉「ゆーゆーアリーナ」へ行って、スイミングスクールの一日コースを体験することになったのだ。
おばさん数人と一緒に、25mプールで、け伸びから教えてもらった。
この時、しんしん生まれて初めてクロールで息継ぎを覚えたのであった。
練習の甲斐あり、次第に泳げる距離も伸び、伊良湖トライアスロンを申し込んだのであった。
スイム(2.0km)バイク(55.0km)ラン(20.0km)トータル(77.0km)
やっぱり心配なのが、スイム。
足が着く安全んなプールでは、2kmぐらいは何とか泳げるけど・・・・・海・・はたしてどうだろうか?
夏休みに、車で田原町まで行って、そこから自転車で伊良湖まで行くことにした。
伊良湖海水浴場に着く、見渡す砂浜・・・どこまで泳ぐんだろう・・・・。
平成7年9月10日(日)’95トライアスロン伊良湖大会
もう後には引けない。
前日に、伊良湖に行き受け付けを済ました。後は、伊良湖ビューホテル前で車中泊することにする。
トライアルロンはマラソン大会と違い、前夜祭がある。
外では花火も上がり、私のテンションも上がってきた。
大会当日、ユキがわざわざ私の初トライアスロンを見に来てくれたのではないか。
バーコードでチェックをして、スイムスタート枠内に入ると、ドキドキしてきた「やっぱ止めよかな~」そんな気持ちがよぎった。
花火の合図で、皆泳ぎ始める。私は一番最後にユックリ泳いで行った・・・・もう2km足は地面に着かないのか・・・?
300mぐらい泳いで、沖に出ると、遠浅なのか足が・・手が砂に届くではないか・・・。
深いところでは漁船が、我々アスリートの安全を監視している。
泳ぎ終わり、バイクに、心配だった泳ぎが何とか終わった。後は体力の限り自転車を漕ぎ出すだけ。
スピードが出る、バイクは気持ちがいい、風を肌で感じる。
バイクを終え、20kmのラン。
伊良湖の恋路が浜を走る、景勝観光地である。
やっとの思いでゴール。
ゴール後、大きなプールで身体を冷やした。
私の初トライアスロン。
スイム(47分52秒)バイク(1時間38分22秒)ラン(1時間48分45秒)合計(4時間14分59秒)
フルマラソンと同じくらいの時間を使って運動しているけど、フルマラソンより体へのダメージは優しい。
身体全体が疲労しているって感じだ。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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