今日は
毎月一回の修身教授録の読書会。
佐久間の街から
森町の三倉まで車で毎月通っている。
が、今日は佐久間で用事があったので、その読書会には参加できなかった。
その用事とは
特別雇用老人ホーム
さくまの里
の草刈り(庭木の手入れ)
今回は
修身教授録の読書会、
第19講「松陰先生の片鱗」
自分で一人で読んでみた。
吉田松陰(1830年~1859年)
江戸時代末期の志士、長州藩士、思想家、教育者、兵学者。明治維新の精神的指導者。
書では、森信三先生が山陰地方を回って萩に行き、遺跡を訪れ、多くの人に松陰先生の話を聴いたことが書かれていた。
松陰先生はたいへん優しい方だったと書いてあった。
吉田松陰
1830~59。長州藩出身。54年、下田沖の米・ペリー艦隊(黒船)に密航を企てて失敗し投獄された。出獄後は萩で松下村塾(しょうかそんじゅく)を開き、高杉晋作や伊藤博文、山県有朋ら維新の人材を多く育てた。日米修好通商条約に絡んで幕府を批判して再び投獄され、安政の大獄で死罪となった。
享年30歳(満29歳)
歴史があり今日の日本の繁栄がある。
森信三先生の本
日本の覚者 森信三
覚者とは、人生の真理を悟り、自らの人格を完成させ、世に大きな感化を及ぼす人のこと。
人には迷いがあります。
森信三の若い時代も迷いの連続でした。
しかし、真摯な取組みで人生の真理の解明にあたり、独自の人間哲学、教育哲学の道を切り拓いてきました。
膨大な著作、中でも「修身教授録」は大ベストセラーとして信三の名を高め、半世紀以上経た今でも広く読み継がれていますが 、信三は著作以上に実践のひとでした。
学校での講義の合間に全国津々浦々に脚を延ばして人間教育の土台づくりを図りました。
精力的な教育行脚は晩年を迎えて更に拍車がかかりました。
信三に接した人々は皆、信三の一言で迷いが消え、新たな気持ちで職務にあたれたと語っています・・・・・
森信三の世界HPから引用
自分には迷いがあった。
道州制や平成の大合併と時代の変化に着いていくべきではないかと。
12市町村の合併で浜松市になると、佐久間町の役場の人が地域の区民センターに説明に来た事が、先に大合併をした静岡市の井川地区を例にとって説明したことを。
主要の人で井川地区を視察に行ったことを。主要な人の説明で「佐久間町も、静岡市に合併した井川地区みたいになるでしょう」との無責任な言動も。
また、浜松市都市部の人の「こんなとこ浜松市ではないよ~♡」 などの言葉も。
笑って跳ね返すことができるようになった。
それも、この勉強会のおかげ。修身教授録(森信三)の本に出会ったおかげ。
修身教授録
第16講 一道を開く(Ⅰ)
10年後20年後を考えて生きる。
漠然と生きていたのではダメだということ。
人間とはパソコンだ。
パソコンはキーボードから指令を出し様々なことをやってくれる。
人間にとってのキーボードは目であり鼻であり口である。
目鼻は感じることだけだが、口は声に出して発することができる。
これからなりたい自分の姿を口に出して何回も何回も発し続けていけば願いは必ず叶うものだ。
それは、自分で声に出すことにより、自分の耳でその言葉を認識し自分がそのようになるように行動するようになるからだ。
佐久間町も「ここは良いとこだぞ~」と言い続けていけばいい所になる。
「こんなとこ何やってもダメだぞ~」と言ってばかりだとダメになる。
今回も一つ利口になった(^O^)/
しんしん
ヒロボーさんの勉強会「修身教授録」を学ぶ
第15講 諸君らの将来
今日は先生、たくさんの書物を持って来られたので、始めに書物を紹介されると思ったら、教卓の左の隅に置かれたままで、本の紹介は講義が一応すんでからだった。
月に一回 ヒロボーさんの勉強会の時がやってきた。
勉強会・・・読書会
「修身教授録」
明治29年生まれ、平成4年11月21日逝去 享年97歳
森信三先生の本を読んで、今を生きる私たちは、どうあるべきかと話し合う。
ヒロボーさんは、わたしより一回り年上。
団塊の世代だ。
日本で、第一次ベビーブームのときに生まれた世代。第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)~1949年(昭和24年)に 生まれ、高度成長時代を生きてきた人たちだ。
私の兄も、団塊の世代だ。
いや、だった。
出張先で倒れ、緊急搬送され、悪性腫瘍が見つかり余命宣告を受け、この世を去った。
享年49歳だった。
また、この「ムーハウス」の所有者。
(有)丸宗建築の社長も、団塊の世代。
この人は、佐久間出身、城西小学校卒業ときく。
私の兄貴より、一学年年下。
ヒロボーさんの勉強会「修身教授録」を学ぶ
第15講 諸君らの将来
森信三先生は、生徒らに、多くの書物を読み、その書物から色々な知識を吸収し、嚢中に多くの知識を取り込み、それをいざというときに役立てなさい。
忙しい中でも、時間を作って本を読みなさい。
そんなようなことを言っていた。
今回、参加者の人から教えられてこと。
センテナリアン→100歳以上の人物のことである。
スーパーセンテナリアン→110歳以上の人物
デカンショ節→学生歌、かけ声の「デカンショ」は、「デカルト」「カント」「ショーペンハウエル」の略であるという良く知られた説もある。 他に「出稼ぎしよう」の意味であるなど、諸説ある。
人生ニコニコ顔で命がけ。。。
目指せスーパーセンテリアン(^O^)/
森信三先生の教え
動画 ↓
「東京には、日本には、ありとあらゆるものがあります。しかし、そこに一つ足りないもの、それは希望ではないでしょうか。希望の塾を通して、みんなで希望を見つけていこうではありませんか」 (小池百合子都知事)
東京都小池知事が立ち上げた「希望の塾」
日本は、明治維新後、希望を持って前へ前へと進んでいった時代がある。
戦後70年、日本は戦争からの復興を遂げ豊かになった、しかし、その豊かさと引き換えに希望を失いかけている。
豊かさとは、よりお金があること、そんなふうに勘違い している人がいる。
これからの、東京都知事小池百合子氏の手腕による都政に注目したい。
一局集中で東京園には人口が集中している。
佐久間町の元町長も東京に家があると聞く。
浜松市に合併した、北遠は、合併後急速に若い人の流失が進んで来たように見える。
その、合併から10年以上たった。
東京と違い中山間地は、様々なもが(学校・観光トイレ・その他)無くなっていく。
しかし、最後に残った者がある。
それは希望です(^O^)/
朝、八時前、半場の家を出て、森町三倉のムーハウスへ車で向かう、
森町は祭りだろうか、山車を引っ張る若者で賑やかい。
午前9時15分から午後16時まで勉強会。
何を勉強しているのか?
人間学
人間学とは
〘哲〙 人間の心身の本質を論究する哲学的考察。宇宙における人間の位置,人間の身体や気質,魂や精神などの在り方を研究し,古来哲学の一部門をなす。これと区別される現代の科学的人間学は人類学と呼ばれる。アントロポロギー。
weblio辞書から引用
ムーハウスでの勉強会では、戦前の師範学校講師 森信三先生の本「修身教授録」を読みながら、今戦後の平和の社会を生きている自分たちは何をなすべきかを参加している性別も年齢も違う人たちが集まり侃々諤々話し合っている。
今回
第14回 修身教授録 を学ぶ
は
第15講 諸君らの将来
森信三先生が、師範学校の生徒に向けて
こらから先生になろうと志している人に向けて
の講話
立身出世を夢見ることは素晴らしいことだ。
しかし、そればかりではない、そのように話しているようだった。
人が生きていく
一段一段、梯子段を上っていく。
頂上にたどり着き、下界を見渡すのは気持ちがいいものだ。
しかし、そればかりが良いのでなない。
途中の道すがらにのぞかせている草花にも季節の移り変わりを感じる人生
萩田さんの勉強会が終わり
午後の4時
マイカー(軽トラ)で、城西のお祭りに向かった。
田舎の祭りは、閑散としていたが、祭事を祝う気持ちに変わりわない。
ヒロボーさんの勉強会(^O^)/
「修身教授録」を学ぶ。。。
戦前の師範学校
大阪の天王寺師範の講師「森信三先生」が生徒に伝えたかったこと、それを本にまとめた内容、その本を基に始めた勉強会。
先月は「捨欲即大欲」シャヨクソクタイヨク
だった。
今回は「使命の道」
しかし
勉強会。丁度その時は「水窪祭り」
今回は自主勉にした(^O^)/
一通り、その項目を読み、自分なりに考えた事を書こうと思う。
第12講 使命の道
かつて私は、諸君らに「我が国の指名」という題でお話したことがありますが、しかしあの際は、主として我が国の使命という立場からお話ししたのです。
しかし、この問題も、そのように単に向こう側に眺めている間は、まだ現実の自分とは、真の関わりがないことも言えましょう。
それ故我が国の使命という問題も、それがわれわれ自身の問題と結びついてくるのでなければ、未だ真に自己の問題となったとは言えないでしょう。
このことは、逆にまた自分の使命の問題も、それが根本において、何らかの意味でわが国の使命と結合し、たとえいかに微々たりとは言え、自分というこの一箇の魂の地上における六、七十年の生涯が、何らかの意味において、民族の使命に対して、一つの捨石的な意味を持つようでなければならぬと思うのです。
そうでない限り、自分一人がいかに自己の使命だなどと言うてみたところで、畢竟(ひっきょう)するにこれ、自分一個のひとりよがりにすぎないとも言えましょう。
あるいはさらに、自分の個人的な名利心による一種のあがきすぎないとも言えましょう。
ですから、われわれ個人としての使命は、必ずや何らかの意味において、民族の使命と結びつかねばならぬわけであります。
原文まま
畢竟(ひっきょう)→つまるところ。結局。
使命の道 使命→与えられた任務。
酒飲むこと。。。失礼。。。
自分の与えられた任務
最強の地域創生
自分なりの地域創生
多くの人に、巨大化した浜松市の現状を、巨大化した浜松市の山の奥の衰退を肌で感じてほしいと呼び込むこと。
水は高い所から低い所へ流れていく。そんな水源を守っている人がいることを分かってほしいとの活動である。
こと。。。
丁度今、読んでいる本
「最強の地域創生」三橋孝明
まだ読み始めだが、東京という一極集中の都市は先進国では一つもないそうだ。
今の政権下の「地方創生」では日本は破滅する。と書いてある。
また
水窪「山に生きる会」から浜松市博物館の案内が来た
https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/hamahaku/02tenji/theme/yamaheikou.html
自分なりの与えられた使命を、自分なりに考え、行動する。
そんなことを感じた
ヒロボーさんの勉強会(^O^)/
「修身教授録」を学ぶ。。。
第13講 使命の道
自主勉強・・・だった。
byしんしん
昨日は
ムーハウスでの勉強会
第12回 修身教授録 を学ぶ
「捨欲即大欲」シャヨクソクタイヨク
捨欲
欲を捨てる事
即ち
それが
大欲
自分なりの大きな目標に進む。
人生、謳歌型 シニア
謳歌する
コトバンク
https://kotobank.jp/word/%E8%AC%B3%E6%AD%8C-448760
③恵まれた幸せを、みんなで大いに楽しみ喜び合うこと。「青春を謳歌する」「平和を謳歌する」
自分の欲
腹減ったな~ポリポリポリ
欲のまま目の前のお菓子に手が出る。
また
佐久間なんか、これからもっと不便になるから、大きなお金が入ったら、便利な町に引っ越そうか?
便利に暮らしたい、
そんな欲がある。
これ捨欲、、、かな?
佐久間町が浜松市に合併した10年前
「何年か先のことを考えて悩んでいるより、今この時を楽しもう」
と始めたマラニック
ほくえん旅ラン
自分が育ったとこを、大切にしていきたい。
そんな気持ちもあるけど、今まで続けてきたけど、過疎化には歯止めが無い。
「捨欲即大欲」シャヨクソクタイヨク
Yさんが
「欲は大切な事、欲があるから多くの事を成し遂げてきた」
そんな感じのようなことを言っていた。
欲、欲があるから人類は発展してきた。
先進国 日本。
人工衛星から見た日本、キラキラ輝いている。
しかし、その欲が、様々な争いになってきたことも事実だ。
先進国日本。
科学技術の発展で、車の中、建物の中では快適に過ごせる。
先日
佐久間町から西鹿島に行くバスの中の電光版で
総務省消防署
の案内があった。
こちらは消防署です。7月は熱中症予防強化月間です。熱中症の予防には、「水分補給」が大切です!喉の乾きを感じる前に、こまめな水分補給を行いましょう!特に、高齢者の方は、暑さを感じにくく、室内でも熱中症になることもあるので十分注意しましょう!
高齢者→シニア
人生、謳歌型 シニア
どちらもシニア。。。
私の大欲、わ
「ダイバーシティ」→「多様性」
そんな世界を望んでいる。
同じシニアでも様々な人がいる。
田舎でも都会でもそこに暮らしている人がいる。
乙武洋匡さんが言うような みんな違ってそれでいい そんな世界。
欲・欲・欲・・・。
どんな人にも欲がある。
私も56歳だが、それなりの欲がある。
捨てなければならない欲が多いかも。。。
byしんしん
先生礼をせられてから、無言のまま「啓発禄 橋本景岳」と板書される。そして・・・・。
こんな書き出しから始まった、今日の勉強会。
「啓発禄 橋本景岳(佐内)」
1834年4月19日生まれ。 1859年11月1日、安政の大獄によって26歳でその短い生涯を閉じた橋本景岳(左内)
その、佐内が15歳の時に書いた『啓発禄』 「志のない人間は魂のない虫と同じで、何時までたっても発展することは絶無」
人と禽獣と異なるゆえん
以前「人間と生まれて」という題目で話「人身うけがたし」という言葉について話、このうけがたい人身をうけたということの真に喜ぶべきゆえんは何か?
禽獣、牛馬や犬猫とは違う人間とは何か?
その様な話。
「志のない人間は魂のない虫と同じで、何時までたっても発展することは絶無」
走って酒飲んで楽しい
それだけではいけない。
私の志は何ですか?
平成の合併があり、私の暮らす北遠(佐久間・水窪・龍山)は浜松市になった。
山間部は益々過疎のなっていくだろうこと誰が見ても明らかだった。
そんな時、ウルトラマラソンをマラニック走る人に出会い、自分もこの土地でマラニックを行い、過疎で寂しくなっていくところでも
自分は楽しく面白く暮らしていこう。
そんな風に思った。
8月20日
中部の地割れ花火を見に行こうラン
42㎞
8月27日28日
浜松縦断マラニック
往復120㎞
多くの人に、浜松市の広さを実感してほしい。
そして、最終的には
ウルトラマラソンをマラニックを走る人たちが増え
私が呼びかけなくても其々のチームや走る仲間で、北遠に走って遊びに来るようになればいいと思う。
そして、今は車優先の道路も、トラックも車も自転車も走る人も、お互いが譲り合って走れるように、
先進国、日本
これからどうなる。
益々発展し、車は自動運転、お金さえあれば何でもできる世の中。
より便利さを求め、過疎地を去っていく輩の多いこと、そんな流れを
ショウガナイ
そんな一言で済ます。大人。禽獣。
生きることは走ること
走ることは生きること
でも、それだけではダメだ。
志を持って進んでいかなければ。
にんげんだもの
byしんしん
森信三「修身教授録」
《現代に甦る人間学の要諦》
この本を基に始めた、萩田さんの勉強会。
その中の
第一部
第二講 「人間と生まれて」
第三講 「生をこの国土にうけて」
人間として、この世に生を受けて、今私は、これからどのように生きていけばいいのか?
そんなことを思った。
また、この日本という国に生まれて自分は何と恵まれているのかとも、思った。
それは
男はスケベ。女は・・・?
でも書いたパドロフの事
まだ二十代半ばだというのに、地球の裏側ブラジルから祖父母の故郷日本に来て働いて
家族で農場経営をする夢の話を聞いて
森信三「修身教授録」
《現代に甦る人間学の要諦》
人間学
一般に「人間とは何か?」、「人間の本質とは何か」という問いに哲学的な思考と実証的な調査で答えようとする学問で、通常は哲学の一部門として、哲学的人間学の名で呼ばれることもあるが、民族学、文化人類学、生物学的人間学など、他の諸科学にもその学問分野での人間学を語る人たちも少なくない。
ウィキペディア日本語版から引用
要諦→物事の最も大切なところ。肝心かなめの点。
勉強会は、まだ、始まったばかり。
byしんしん
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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S | M | T | W | T | F | S |
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