浜名湖リゾート&スパ ジオーシャンに早く着き○田さんに出会い、世間話をして受付を手伝ってと言われた。
OKとばかりにやるようになった。
昨日書いたように顔は見たことがあるが、名前が、、、、。
そんなことがある。
自分の夢Tシャツの事もあるので、ほんとうは誰かにやってほしかった。
が、いつもお世話になっている○田さんのオネガイだ。受付を優先にしなければならない。
大○さんが申込書にハンコが無かった話がでる。
「私のはハンコを押してほしい」
大○さんは大○さんで言いたいことはある。
「わかったわかった、これから気を付ける」
大○さんがそう言って受付である私に参加誓約書を渡した。
その誓約書にはハンコが無かった。ガックシ。わかっているのかナ~。
朝のあわただしい時、自分のやりたいこともある。
観て見ぬふりをして、黙って受け取った。
忘年会が終わって○田さんが参加誓約書を確認して後で叱られるかもしれない。と思った。
が、そのときは、私はこう判断した、そのときは黙っていた。
「わかったわかった、これから気を付ける」
と言った大○さんにコッソリ伝えた。
私 :「ハンコなかったョ。気をつけて走ってネ」
大○:「えっ無かった。如何しようか~出すのヤメル」
○田さんに言われたら忘れたと言って謝っておく。
○田さんの気持ちは痛いほどわかる。大○さんの気持ちもわかる。
そんなこんなで時間が経って、スタート会場へ
2018年
浜名湖半周忘年ラン参加メンバー
女性15人 男性24人
わたしは先週の袋井クラウンメロンマラソンの残念な結果を払拭するように前を走った。
といってもマラニック、お話ししながら走った。
世間話をしながら走るのがマラニックの良いところ。
トモゾウさんと竹○さんと、ウッチャンがバカ速い 凄い人だと話をしていた、すごいナ~っと。
浜名湖を眺めながらのジョギング、すると、後ろからきた、元気100倍のウッチャン。
今日はヨッピーのリックを背負っての参加だそうだ。
左からトモゾウ・カッちゃん・ウッチャン
マラニックはこのスタイル。
リックに必要な物を詰め込んで走る。
その必要な物は自分で考える。他の人に聴くのもいい。それを参考に自分で考えて必要な物をそろえる。
なにか大切なものを忘れた時、他の誰かが持っていて助かる場合もある。例えば絆創膏や痛み止めなど。
基本は自己責任。いつも誰かが助けてくれるとは限らない。
舘山寺に着きコンビニで買い物。○崎さんは缶ビール。美味しそうだった。
去年までだったら舘山寺から遊覧船で瀬戸港まで行くのだが、台風24号の被害により営業を中止しております。と、なっており。天竜浜名湖鉄道の気賀駅まで走ることになる。
舘山寺から浜名湖100㎞のコースだと思い初参加の女性ランナーと一緒に気賀駅を目指した。
ところが、○田さんがメールで添付したコースは違っていたそうだ。
(添付のコースマップは見ていない、どうせ一緒だとかってに思い込んでいた)
また○田さんに叱られる(泣)
○田さんには悪いが、浜名湖100㎞のコースの方がわかっているし、浜名湖沿いだから景色も良いから、指定した道から外れ浜名湖100㎞のコースを選んだ。
後ろから佐久間で市町村駅伝が縁で知り合った○出さんが「コースどっちですか?」と尋ねてきた。
男性二人が正規のコースを行くので、私たちは浜名湖100㎞のコースに行きます。男性二人が行くコースが正規のコースです。と答えた。
ついでに
「ちなみに男性二人は独身です」
と冗談を言ったら、隣の女性が笑った。
初参加の女性と二人走っていたら前方に初参加の人と一緒に来たという女性が走っていた。
初参加の女性が言うには、彼女は奥の細道、芭蕉の通った道を走ったという。
その女性に追いつき、その話を聞くと
芭蕉の句を一句
「蚤しらみ馬の尿する枕もと」
芭蕉が一夜を過ごした家に行ってきた話をしてくれた。感動したと話してくれた。
女性が一人で奥の細道 全行程600里(2400キロメートル)を走ったのか~。
日本は治安がいい。世界に誇れる国だ。
(税金は高いが)
気賀の関所に着いた。
ココは去年の浜名湖一周100㎞で、城西小学校5・6年生のときの担任の先生にウン十年ぶりに出会ったところだ。
去年のブログ
ぐるっと浜名湖一周エンジョイ・マラニック2017
気賀駅は気賀の関所のすぐそばだった。
わたしの娘のアパートが近くにあるので届け物を持っていく。
帰って来て気賀駅に着いたらみんなビールを飲んでいた。
俺もと思ったが、自動販売機の日本のサイダーで我慢した。
気賀駅で集合写真、気賀駅は直虎ブームの面影があった。
酒飲んでいなかったけど酔っ払い状態だった。
電車が来て、天浜線に乗り込もうとしたら。ポケットの中にあるはずの財布がないのにきずいた(汗)
つづく。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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