5月4日
天竜川リバーサイドマラニック
しんしん初めてのサポート。。。。
の、とき。
熊本地震 義援金
として、寄付金を入れてもらう竹の貯金箱をテーブルに置いてサポート活動をした。
目に留まった人も少人数だがいた。
地域の人がやってきて、親戚の子供を連れてきて
その子が寄付してくれた。
サポートも夜8時30分には撤収。
その後、佐久間ダム方面に車で行くと
まだ何人かの人がゴール地点である太平洋を目指して進んでいた。
私の「車、乗りますか」の問いには誰も「ハイ」とは言わなかった。
最後を走っていた青年を見送り。
佐久間に車で来て
考えが変わり
自分は
豆こぼしトンネルで少しの食べ物飲み物を持ってランナーを待った。
黄門様が来た。
少しの接待をして、黄門様を見送った。
雨の中。
時計は11時半
次の日
水窪へ用事で車で向かうと
西渡のバス停付近を一人リックを背負って歩いていた人がいる。
佐久間ダムの奥で出会った青年だ。
天竜川リバーサイドマラニック
225㎞二日間かけての挑戦。
感動は人を変える。
笑いは人を潤す。
夢は人を豊かにする。
そして、感動し、笑い、
夢を抱くことができるのは
人間だけである。
熊本地震 義援金
サポートの時だけでは少なかったので
今回、自分企画の
第11回 竜頭山スーパーマラニック
に持参した。
サポートの方に
買ってきた飲み物・食べ物の代金(走る皆さんから集めたお金)を渡そうとしたら
「義援金に使ってください」
その様に言っていただいた。
走ることで知り合った仲間。
ウルトラマラソン(フルマラソン42.195㎞以上走る)
自分の足で目標であるゴールを目指す仲間。
義援金の入った竹の貯金箱、今日、割って中にどのくらい入っているか確かめようと思う。
byしんしん
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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