戦争で両親を失った少女・奥原なつ
なつの父親の戦友、柴田剛男に連れられ北海道・十勝にやって来た。
柴田家は、北陸からの開拓移民。
涙ありのドラマだ。
1960年代から1970年代にかけて誕生した『タイガーマスク』『昆虫物語 みなしごハッチ』『あしたのジョー』などの名作は孤児を主人公としており、「戦争で傷ついた子どもたちを励まそう」という意図を含んで製作されていたことから、「日本でアニメが生まれた背後に戦争があった」ことを表現するためヒロインは戦災孤児との設定となった。現在の高度なアニメ表現の技法は作り手の試行錯誤による努力の積み重ねによって成り立っている点にも焦点を当て、日本においてアニメがどのように育まれてきたか、アニメ作品はどのように作られるのか、歴史と技術の2面から「アニメの誕生」を描いている作品。
ウィキペディアから
なつぞら「ここが十勝だ」
奥原なつがアイスクリームを柴田泰樹と食べるシーンに感動!!
泰樹:「言い合える相手がいるだけで人は恵まれている、食べれ」
泰樹:「旨いか」
なつ:「あまい、おいしいです、すごくおいしいです」
泰樹:「家のもんにはナイショだぞ」
なつ:「はい」
泰樹:「それはおまえがしぼった牛乳から生まれたものだ、良く味会え」
なつ:「はい」
泰樹:「チャンと働けば必ずいつか報われる日が来る。報われなければ働き方が悪いか働かせるものが悪いんだ、そんなとこトットト逃げ出せばいいんだ、だが一番悪いのは人が何とかしてくれると思って生きることだ、人は人をあてにする人を助けたりはせん、逆に自分の力を信じて働いていればキット誰かが助けてくれるものだ」
泰樹:「おまえはこの数日ほんとによく働いた。そのアイスクリームはおまえの血とかで得たもんだ おまえなら大丈夫だ、だから無理に笑うことは無い、謝ることもない、おまえは堂々としてろ、堂々とココで生きろ」
一番悪いのは人が何とかしてくれると思って生きることだ、人は人をあてにする人を助けたりはせん、逆に自分の力を信じて働いていればキット誰かが助けてくれるものだ!!
チャンと働けば必ずいつか報われる日が来る。
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。
合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。
袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns
”しんしん”55歳
2015/11/25現在。。。
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