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平成の合併が過ぎ、今私はここで暮らしている。 ほくえんの風を 身体中に感じながら。
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何の気なしに見ていたテレビ「テレビ寺子屋」 今日は 講師/歌手・教育学博士 アグネス・チャンの話だった。
 第1674回「命をつなぐリレー」 「リレー・フォー・ライフ」という活動を知って、自分の乳癌を見つけ。

この活動に参加していたお陰で、胸も摘出せずにすんだというお話でした。

今は、日本対がん協会から声がかかり、「ほほえみ大使」に任命され、がん検診の啓発活動を行っている。
これからは恩返しです。

「リレー・フォー・ライフ」で教わった命をつなぐ大切さを、次の人達に伝えていきたいと思っています。 と、話していた。
私は、去年開催の「リレー・フォー・ライフin静岡」に初めて参加した。 兄を癌で亡くし、そんな兄を偲びながらの参加だった。

私は、今、そんな兄の歳になって行く。
何かの縁で、2月21日の、がんばらまいか佐久間の(第4回)まちづくり講演会で、佐久間に講師として来る(元飯田市議会議長)上沢義一氏の同級生 高橋さんっと会う約束をした。
高橋さんは、私の兄と佐久間中学校でクラブが同じだったそうだ。
 
リレー・フォー・ライフ 命はつながっているのかもしれない、例え死んでも、思いでだけはつながっている。

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土曜日の朝、リレー・フォー・ライフin静岡に参加するために、中部天竜の駅を5時29分の、始発の列車に飛び乗った。

飯田線内で、切符を買ったら、4.680円、その時から約6時間の各駅停車の旅が始まった(*^^)v


昨日、同窓会打合せでのお酒が残っているのか、なんだか胸やけが・・・・気持ち悪り~。


飯田線から、東海道線に乗り換え、浜松へ、そこでも乗り換え、沼津で御殿場線に乗り換えて、30分電車に揺られ、御殿場駅へ、そこから11時30分初のシャトルバスで御殿場陸上競技場に着いたのであった。IMG_0052.jpg







グランド内を見渡してみたら、あったあった、骨髄バンクを推進する会の横断幕が、見慣れた顔触れも何人かいた。


そこで 「りレー・フォーライフの説明↓

リレー・フォー・ライフとは、1985年にアメリカ・ワシントン州シアトル郊外で、

アメリカ対がん協会のゴルディー・クラット医師が始めたイベントです。

マラソンが得意なクラット氏が大学の陸上競技場を24時間回り続けるなか、

友人たちは30分間だけ医師と一緒に回るごとに25ドルずつ寄付しました。

その結果、1日で2万7千$が集まりました。

参加者を増やすために翌年からは医師、患者やその家族、

友人が数人ずつのチームを組むリレー形式になりました。

24時間歩き続けるなかで、参加者の間にがんと闘う連帯感が生まれたのです。


単なる資金集めのイベントとしてではなく、地域社会全体でがんと闘うための連帯感を育む場として

リレー・フォー・ライフは大きく広がり、現在では全米4000カ所以上、世界20ヶ国以上で行われるように

なりました。


開催方法は様々だが、共通するプログラムとして「サバイバーズ・ラップ」(がんと闘う人たちの勇気を称え、

がん患者やがんを克服した人たちが歩く)、「ルミナリエ」(がんで亡くなった人たちを偲び、

一人ひとりの名前を記した紙袋の中にろうそくを灯して並べる)などがあります。

ほかにバンド演奏、ゲーム、バーベキューなど様々なイベントで盛り上がります。

 

私は、雲峰さんのホームページで、去年 兵庫県の「リレー・フォー・ライフ芦屋」を知りました。


雲峰さんのホームページhomepage2.nifty.com/marason-nouta/



遠いな~っと思っていて半年、骨髄バンクを推進する会の事務局の人から、今年 静岡でも開催するとの連絡を頂き、参加するしかないと、思ったのです。


祖父を肝臓癌で亡くし、兄も吐血で倒れ、搬送先の医師から余命の宣告、がん検診の啓発を願っての参加だった。


今日、初めての、「リレー・フォー・ライフin静岡」始まりは、地元 飛竜高校の太鼓の縁部など色々な催しなどが披露された。IMG_0056.jpg









太鼓の動画↓

picasaweb.google.co.jp/shinma49/QGsTRF

そして13時、サバイバーが御殿場陸上競技場の400mのタータントラックを歩き始めた。


IMG_0053.jpg









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IMG_0072.jpg








今回は、あいにくの曇り空、夜には雨も降ってきた。


夜中には、その雨もやみ、霧の中でのウォーキング、となった。


それもまた、幻想的で、素晴らしかったのではないだろうか。


骨髄バンクを推進する会では、夜、3人ずつの組になり、仮眠をとってい交代するようになった。


私は、堀○さんと古○さんで、12時から1時まで、のウォーク。

私は、それまでを、観覧席の隅で仮眠を取ることにした。


3時間ぐらい、寝れただろうか、観覧席から、会場の眺めも又 いいもんだ(^O^)


IMG_0111.jpg







真夜中の御殿場陸上競技場を交代で回り、次のメンバーに後退して役目を終えた。


IMG_0089.jpg








しかし、私が佐久間からココに来た目的はもう一つ、ジョギング。

今は亡き、兄を偲び 真夜中の1時35分、御殿場御殿場陸上競技場のトラックを、ゆっくり走り始めた。

輝くルミナリエの中、1時35分から5時35分まで走らせてもらった。

ミニFM局に 島袋さんのゴールへをリクエストしたり、写真を撮ったり、今生きていることを感謝し、走り続けた。

朝、夜明けには、富士山が顔を出すのではないかと、一縷の望みは届かなかったけど、行ってよかった、走って良かった、っと思った二日間だった。

IMG_0116.jpg




 

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私には、13歳年上の兄がいた。
転勤族で、東京都府中市・青森市・八戸市・山梨県甲府市と転勤を繰り返し、子供が大きくなったので、次の転勤先、埼玉には単身赴任での転勤だった。

13年前の夏、中部のお祭りの時。その兄が、転勤先で吐血し救急車で埼玉県内の病院に運ばれたと連絡が来た。

私の運転で、その病院まで行き、私の親は兄の担当医師に、末期の癌だと告知された。

2009年9月12日(土)から13日(日)にかけて「リレー・フォー・ライフ」を御殿場陸上競技場で行う。
リレー・フォー・ライフin静岡↓
http://rfl4zuoka.web.fc2.com/kaisai.htm

私は、中部天竜を5時29分の電車で出かけようと思っている。
 

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プロフィール
HN:
しんしん
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1960/02/20
趣味:
走ること・空手・詩吟
自己紹介:
12市町村が合併して出来た新浜松市
そこは政令指定都市になった。
その都市の北の隅っこ山間部に佐久間町に暮らしています。
当時、合併の説明に、佐久間町の役場の職員が私の地域に説明に来た。
静岡市に合併した井川地区を例にとり
「佐久間町もイズレ井川地区のようになるでしょう」
と、他人事のように言っていた。
これから私の暮らす佐久間町はどの様になっていくのだろう。
そんな寂しい気持ちでいたころ、ウルトラマラソンを走る人に出会い、
「遠い未来を憂い悲しむより、今を楽しもう」
そんな気持ちになり、自分で北遠でマラニックを企画するようになった。

合併して10年がたった。
当時立ち上げたNPO「がんばらまいか佐久間」元佐久間町の議員が頑張っている姿を見て感動した。
9年間その活動に協力したが、理事たちの夢や希望のない言葉に失望して今は水窪のNPO「山に生きる会」に参加させてもらっている。


袖振り合うも他生の縁
こらからも、偶然でほんのささやかな出会いを大切に、人との絆を大切に、残された人生を歩んでいきたいと思う。
「お金ではなく人の出会いででっかく生きろ」
中村文昭さんYouToube
https://www.youtube.com/watch?v=3myR2kVJ3ns

”しんしん”55歳  
2015/11/25現在。。。
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